崖っぷち日本のユートピア社会学by大山昇悟

崖っぷちに立っている日本をどうしたらユートピア(理想郷)にできるか日々考え答えを探していくブログです

「七帝柔道記」実話の持つ迫力に絞め落とされる

「芸術の中に神の姿を見いだす〜文学編」

今回紹介したいのは、厳密には文学ではないですが、増田俊也氏の自伝小説「七帝柔道記」です。

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著者の増田俊也氏は、格闘技好きなら一度は聞いたことがあると思われる木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのかを書いた作家です。

 

 「七帝柔道記」では増田氏が北海道大学に入学後、柔道部に入り七帝戦という柔道の大会で、最下位脱出の為に猛練習に励むという話しです。

 

 ちなみに七帝柔道とは、北海道大学東北大学東京大学京都大学名古屋大学大阪大学九州大学旧帝大の柔道部で行われている寝技中心の高専柔道の流れを汲む柔道です。(Wikipediaより参照)

 

増田氏はもともとは愛知県出身で、高校時代から柔道をやっていたのですが、ひょんなことがきっかけで、寝技中心の七帝柔道をやる為だけに二浪して北海道大学(以下、北大)に入学します。

 

ところが、高校時代の柔道部の友人がすでに北大に入学し、柔道部に入っていたものの、あまりの練習のキツさに退部していたのです。

 

若き増田氏も、友人の話しを聞くにつれ及び腰になります。柔道部の入り口まで行くものの中に入れず、しばらく逡巡するのです。「この扉を開けて中に入ったらもう戻れない」という感覚です。こういう人生の転換点に立ったことがある人は少なくないのではないでしょうか。

 

増田氏はその後、意を決して入部します。ところが部員は練習がキツい為か、10数人しかいません。そして北大は1年に1回行われる七帝戦の大会で数年続けて最下位の成績だったのです。

(七帝戦は15人の抜き試合形式で、体重差は関係なし)

 

講道館ルールと違い、七帝柔道は寝技中心なので、センスが必要な立ち技と違い、練習をすればするほど寝技が強くなると部員は信じています。そして北大が七帝戦で最下位脱出するには練習しかないとして猛練習に励んでいるのでした。

 

まず読み始めて驚いたのが、増田氏が七帝柔道をする為だけに、二浪して北大に入学してきたことと、さらに「入学後は2回留年して柔道を続ける」と宣言していることです。学年が変わると札幌でない別の土地の校舎に移動になる為、柔道部に居続けるためには、留年か学部を変わる(?)しかない為に周りの学生にも留年宣言をしているのです。

 

当然のごとく授業もほとんど出ないで、柔道部とアパートを往復するだけの生活になります。

 

二浪して、更に2回も留年できるなんて、増田氏の実家はよっぽど金持ちか、もしくは寛容なんだろうかと、若干引き気味で読み進めていくことになります。

 

ですが、北大柔道部の七帝戦にかける熱い思いと、凄まじい練習量にボロボロになっていく姿に「どうせ親のスネを齧って好きなことだけしてるんだろう」的な感じ方は、次第に打ち消されていきました。

 

とにかく練習の内容が凄いのです。実際の七帝戦では技が決まっても、相手選手が参ったをしない為に、そのまま絞め落とされたり、腕を折られたりするらしいのです。

 

そして日頃の練習でも本番さながらに、相手がタップ(参ったすること)しても技を解いてくれないことも多く、「タップする余裕があるなら技から必死に逃げてみろ」という練習スタイルなのです。

 

入部したての増田青年も案の定、先輩達から何回も絞め落とされます。そのあまりの苦しさから思わず「もう殺してください」とまで言ってしまうのです。

 

そして1年目の七帝戦がまたしても最下位に終わり、新主将体制になると更に練習量を増やされます。特に厳しい練習が北海道警察への出稽古です。何しろ全国レベルの選手が多く、実力に差があり過ぎる為に、ひたすらやられに行くようなものなのです。

 

その出稽古での乱取りでは、ボロ雑巾のようにされて、涙、鼻水、ヨダレまみれになり、挙げ句の果てには失禁までしてしまう練習なのでした。

 

そして案の定、それなりの人数がいた新入部員も少しずつ辞めていきます。

 

この物語の中で主人公である増田青年は、「練習がキツい」という描写はしょっちゅう出てくるのですが、「やめたい」とか「やめようかどうか迷った」などと言う描写がほとんど出て来ないのです。

 

柔道部は当然強制ではないし、辞めても罰則がある訳でもありません。続けるのも辞めるのも自分の意思ひとつなのです。

 

そういう選択が出来る中で、己れの弱い心に打ち勝ち、己れの意志で続けていくことに値打ちが発生するのだと思いました。

 

この本の中で印象に残る新入部員の人物として、九州出身の沢田という青年が登場します。沢田青年は三浪しており、柔道は部の先輩達といい勝負をします。

 

沢田青年は優雅でプライドが高く、かつ柔道も強い孤高の天才タイプです。漫画に出てきそうなタイプです。増田青年はそんな沢田青年に憧憬の念を持ちます。

 

ですが、北大柔道部が七帝戦に向けて一丸となっている中、何故か沢田青年は同期の部員とも距離を取り、また練習も来たり来なかったりします。次第に沢田青年は部の中で浮いた存在になっていきます。

 

そんな中、増田青年は七帝戦で優勝した京大の選手に、沢田青年がいかに九州で強い選手だったかを教えてもらいます。さらにその人は「沢田が本気にならないと北大は上には行けない」と言われてしまいます。

 

北大の最下位脱出の為に、増田青年はみんなから浮いている沢田青年に、なんとか協力してもらおうと、沢田青年との距離を縮めようとします。

 

ですが、どうアプローチしても沢田青年は増田青年の思いに応えようとしません。挙げ句の果てには、「お前程度の選手が俺に対して〜」みたいなことまで言われてしまうのです。

 

さすがの増田青年もそれ以来、沢田青年と口を利くのをやめてしまいました。

 

作中の沢田青年は、雑誌連載時から人気があったようです。物語の中で沢田青年は時々しか登場しないのですが、自分も読んでいる最中、すごく気になった人物だったのです。

 

なぜなら、いかにも漫画に出てきそうなタイプであり、これがフィクションであれば、絶対に途中でなんらかの事件をきっかけに、強い沢田青年がみんなと力を合わせて、七帝戦に向けて本気を出してくれるパターンだからです。

 

ところが、2年目の七帝戦が近づいても、沢田青年は(試合中の怪我が完全には治ってなかったということもありますが)練習に来たり来なかったり、あくまでマイペースを崩さないのです。

 

七帝戦が近づきますますハードになる練習にボロボロになりながらも、必死に食らいつく増田青年。いつしか沢田青年のことも頭から消えてかけていたある日の練習中のことです。

 

乱取りの最中に、沢田青年が増田青年に乱取りを申し込むのです。いつもはお互いに避けあっていた為に久しく2人は乱取りをしていません。

 

ただ突然の沢田青年のそのような態度に、増田青年も確信的な何かを感じます。その理由をお互いに口に出して確認することなく、二人は決着が完全につくまでの乱取りを始めるのでした。

 

入部以来、実力があるにも関わらず、なぜかマイペースを崩さなかった沢田青年。対して七帝戦に向けて死ぬような猛練習を積み、身体も心も大きくなった増田青年。

 

そんな増田青年に対して、沢田青年なりにケジメをつける為の乱取りだったのです…。

 

そして、2年目の七帝戦が終わった後の二人の邂逅。

 

実は、七帝戦の前後で増田青年と沢田青年の会話はほとんどありません。ですが作者が描写する情景に二人の感情をとても強く感じたのです。

 

先程も書きましたが、沢田青年が登場した当初から、漫画のような展開になれば面白いので、沢田青年がやる気を出してほしいと期待していたのです。

 

ところがいつまで経っても沢田青年は本気を出そうとしないのですが、むしろそれがかえって実話ゆえのリアリズムに溢れ、そして漫画みたいな展開以上に、二人の人生をより肯定的なものとして、かつ爽やかに描き出されたように感じました。

 

増田青年にとって2回目の七帝戦が終わり、4年生は引退して、新主将も決まっていく。

旧主将の「思いは繋がっていくんじゃ」という言葉を胸に刻み込み、来年に向けて先輩達の思いを繋げて、来年を見据える増田青年。

 

最下位脱出に向けて、「練習量が全てを決める」ということを信じ、負ける度に練習量を増やして、未来に向かって猛練習に励む北大柔道部員に図らずも美しさを感じてしまいました。

 

この物語は主人公が、2年生での七帝戦が終了した時点で閉じられています。読者としては主人公が3年時、4年時での柔道部はどうなっているか気になるところですし、また沢田青年はその後どうなっていくのかも気になります。

 

ところが、この本「七帝柔道記」にはVTJ前夜の中井祐樹という外伝があるのです。

 

その本によると、主人公が三年生以降の話しは現在執筆中であるとのこと。そして驚くべきことに「七帝柔道記」が出版されたことがきっかけで、長らく音信不通であった沢田青年が自ら出版社に連絡をしてきて、作者と数十年ぶりに再会し、それが対談になって、外伝本に収録されているのです。

 

この対談を読むことによって、読者としてはようやくスッキリすることでしょう。

 

「七帝柔道記」の中には、偉大な柔道家が時々「柔道で人生が学べる」みたいなことを述べているのですが、読み終えた後は、そうかもしれないと思えたのでした。

 

この本は柔道を題材にした青春小説でありながらも、増田青年と部員の成長物語でもあり、多くことを学べると思います。

 

 

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