崖っぷち日本のユートピア社会学by大山昇悟

崖っぷちに立っている日本をどうしたらユートピア(理想郷)にできるか日々考え答えを探していくブログです

チベットと法輪功を見捨てない‼️〜世界を破滅させる中国の人権侵害①

今回から3回にわたり、中国による人権侵害の歴史を振り返ってみたいと思う。

国史を少しでも齧ったことのある人は知っていると思うが、中国の歴史は「既存の王朝を倒す→新しい王朝を建てる→倒される→別の王朝が建てられる」の繰り返しであり、現在は中国共産党王朝」とでもいうべきものが中国を支配している。

その中国共産党により侵略され、また人権弾圧が現在でも問題になっている「チベット」と「法輪功」を第一回目として取り上げたいと思う。

f:id:AitoSatori:20211113182109j:image

 

〜蹂躙されたチベット

以下はマイケル・ダナム著「中国はいかにチベットを侵略したか」と、ペマ・ギャルポ著「中国が隠し続けるチベットの真実」より抜粋し参照した。

チベット本来の場所と自治区について

中国共産党に侵略される前は、チベットは「ウ・ツァン」「カム」「アムド」の三つの州で構成。そのうちウ・ツァンとカムの一部がチベット自治区となり他の領域は中国の複数の省に編入

チベットの面積は全中国の1/4を占める。

チベット人は600万人。自治区の人口は277万人おり、その内チベット族は241万人。他は漢民族など。

チベットが独立していたいくつかの証拠

・1914年のシムラ条約では、イギリスは中国の宗主権を認めながらもチベットの独立を事実上承認している。

・第二次大戦中中国が日本と戦争をするにあたってチベット人は兵役化されていない。これもチベットが中国に属していなかったと言う1つの大きな証拠である。

・1951年に中国がチベットを侵略するまでは、税金をチベット政府に納めていた。

毛沢東の宣言

1949年10月毛沢東はラジオを通じチベット帝国主義から解放するため人民軍をチベットに進行させる意図があると発表。

それに対してチベット政府は「ここには帝国主義者などと言うものは存在しないのだから解放に来るには及ばない」と反論した。

○中国よるチベット支配の4つの理由

人口問題→世界地図を眺めると中国の領土は広大ですが、現実には「砂漠化」「荒漠化」が進んでおり、人間が快適に住める領土は1/3くらいだと言われています。増大する人口に対応する為、中国はチベットへ西進した。

軍事的意図→1950年代は、対アメリカを想定しており、チベットを掌握する必要があった。

資源の確保→銅、鉛、金、銀、鉄などの鉱床が600箇所以上あり、その埋蔵量は数千万トンに及ぶ。さらに石油、天然ガス田、シェール鉱床なども発見されている。

④中国が共産主義化がうまくいかないことに対して国民から目を逸らす為の政治的な理由

○虐殺・拷問

毛沢東は一千万人の中国人をチベットに移住させようとするが、チベット人は各地で武器を持ち抵抗した。部分的には中共軍に勝利することもあったものの中共軍が徐々に制圧していった。

以下は当時現場を目撃したチベット人の証言である。

「妻、娘、尼僧たちは返し強姦されまくった。特に尊敬されている僧たちは狙いうちされ、尼僧と性交を強いられたりもした。(中略)拒否した僧のある者は腕を叩き切られ、『仏陀に腕を返してもらえ』と嘲笑された。

大勢のチベット人は、手足を切断され、首を切り落とされ、焼かれ、熱湯を浴びせられ、馬や車で引きずり殺されていった。アムドでは高僧たちが散々殴打されて穴に放り込まれ、村人はその上に小便をかけるよう命じられた。さらに高僧たちは「霊力で穴から飛び上がって見せろ」と中共兵に嘲られ、揚句に全員射殺された。

怯える子供たちの目の前で両親は頭をぶち抜かれ、大勢の少年少女が家から追われて中共の学校や孤児院に強制収容されていった。

貴重な仏像は冒瀆され、その場で叩き壊されたり、中国本土へ持ち去られていった。経典類はトイレットペーパーにされ、僧院は馬や豚小屋にされた。僧院長たちは自分の糞便をむりやり食わされ、『仏陀はどうしたんだ?』と中共兵に嘲られた。」

国際法曹委員会報告書は、「1956年の終わり頃までに、ある地域ではほとんどの男は断種され、女性は中共兵に犯され妊娠させられました。別の村では二十四人の親が、子供を中共の公立学校へいかせるのを拒んだ罪で目に釘を打ち込まれ、虐殺された」と記しています。

チベットの各地で抵抗運動が起きたものの、中共は新たに「反抵抗運動法」なるものを施行し、解放運動を支援したとされた人間は、公開懲罰に晒された。

公開懲罰で有罪とされた人々は牢獄に入れられ、しばしば計画的飢餓、遺棄、病気の放置などで生命を奪われていった。新企画の拷問、殺人が導入され、銃の台尻で頭蓋骨を打ち砕かれたり、鉄箸で眼球を抉り出されたりした

僧侶は毛布でぐるぐる巻きにされ、灯油をかけられて焼き殺された。公開去勢や、バーベキュー用棒杭にくくりつけて焼く、尼僧を素っ裸にしてむりやり性交させるというのもあった。

特に中共軍兵士の間で人気があったのは、チベット人を「文明化」「浄化」すると称する兵士たちによる集団レイプだった。彼らはそれを「地上の楽園」と称して楽しんだ。

○死者数

・1950〜1984年までの間に死亡したチベット人120万人と推計される。

*内訳

 ・戦いや蜂起によるもの→43万2千人

 ・餓死→34万2千人

    ・獄死、強制労働収容所での死→17万3千人

 ・処刑→15万6千人

 ・拷問による死→9万2千人

 ・自殺→9千人

○その後中共チベットで行ったこと

・観光都市化が進むラサ市では、チベット人15万人に対して中国人20万人の割合であり、都市部の経済活動のほとんどを中国人が独占しているので、チベット人たちは「経済成長」の恩恵を享受できていない。

チベットに対しては、中国政府から補助金が出ているものの、それらの資金を管理するのも中国人であり、補助金で行った事業に雇用される労働者もほとんどが中国からの出稼ぎを含む「移民」であることから、チベットへの技術移転や人材育成も望むことができない。

○21世紀を迎えて〜抗議の焼身自殺など

下画像はインドでチベット難民が中国に抗議の焼身自殺をしたもの

f:id:AitoSatori:20211113181342j:image

・2008年には、中国が北京五輪開催に際してチベットを政治的に利用していることで、各地で抗議行動が起こった。死者も数百人に及ぶ。

・2009〜2015年までにダライ・ラマ14世チベット帰還や、信教の自由を求めるチベット人焼身自殺者は143人にも及んでいるのである。

 

○日本が教訓とすべきこと

中国軍は最初から武器を携行し一直線に進軍してきた訳ではなく、当初はチベット人中国茶などの贈り物をしたり、医療サービスを提供するなどした為、チベット人の中には中国軍に対して警戒心を抱かない人も少なくなかった。ただ中には「意味もなくあんなに大勢の軍人を送り込むこと自体怪しい」と、中国軍の意図を見抜いている人もいたのだが……案の定中国軍はある日突然豹変したのである。

また、当時のチベットにも現在の日本と同じく、中国にすりよる輩、すなわち売国奴がいたそうだ。

日本人はかつてチベットに起きたことを他山の石としなければならない。

 

法輪功学習者たちの受難・強制的臓器収奪について〜

以下はデービッド・マタス、デービッド・キルガー著「中国臓器狩りと、SMGネットワーク監修「中国臓器移植の真実」より抜粋し参照した。(一部Wikipediaも参照)

 

法輪功とは1990年代初めに李洪志が伝え出した気功である。

法輪功の「功」という字は「鍛錬」や「体操」を意味し、「法輪」は釈迦の教え(法)を車輪に例えて法輪と呼んでいる。それに加えて法輪功には道教の教えも含まれている。基本的には身体を動かしながらの瞑想であり、心身の健康状態を向上させることが目的。法輪功に政治的な側面は一切ない。法輪功の学習者たちは「真・善・忍」をモットーとし人種や国家文化の壁を超えた共感の心を育てようとしている。暴力は絶対に禁止である。

 

法輪功の評価としては"中国の一般民衆が慣れ親しんでいる仏教、道教儒教などの伝統的な価値観をうまくミックスしたもので、市場経済の変化についていけない信奉者たちの悩みをわかりやすい表現を用いて効果的に取り除こうとした”ものであると評されている。

 

1999年ごろの学習者の数は7000万人を超えていたとされるが、共産党内部でも学習者が急増しており、彼らは創始者を心から尊敬していた。このような状況が共産党にとって脅威に写っていたといわれている。当時の最高指導者・中国共産党総書記江沢民法輪功の勢力拡大に危機感を抱いた。それについての江沢民の書簡が残っている。「わが党が掲げるマルクス主義、わが党が信じる唯物論無神論法輪功が広めている思想に本当に勝つことができるのでしょうか。もし勝てないようなことがあったらそれこそとんだお笑い種ではありませんか。」

そして江沢民法輪功邪教と定め活動禁止とし1999年に共産党を利用して弾圧を始めた。

以後2022年現在まで、法輪功の学習者たちは共産党政権の司法・警察・政治権力による迫害を受け続けている。

 

法輪功学習者をターゲットにした臓器移植の実態

2002年4月初め、法輪功学習者、張延超氏が警察署の捜査官に逮捕され、身柄を拘束。一ヶ月後張氏の家族は、張氏が勾留中に死亡したという知らせを警察から受け取った。ハルビン市の火葬場で張氏の家族は遺体と対面した。遺体は一目で本人とわかる状態ではなく、思わず目を背けたくなるほど損傷していた。一本の足は折れていた。片目は眼球がなく、えぐり取られたようにぽっかりと穴が開いていた。下顎は粉々に砕かれ、歯は一本も残っていなかった(中略)胸には長い切り傷があり、後で縫った跡もついていた。胸は陥没し、頭蓋骨は切断され、脳の一部が失われていた内臓もなくなっていた

複数の内部の人間の話しによると、張氏は40以上の拷問器具が設置されている拷問室に入れられて、一昼夜にわたって拷問をうけた末に死亡した。

 

○電話取材による実態調査

(「中国臓器狩り」の)著者が所属するNGO組織が、中国の複数の病院にクライアントを装って北京語で電話をかけてドナーに関しての調査を行った。

いくつかの病院は名言を避けたものの中には、「自分(医師)が行う移植手術は全て法輪功学習者の臓器を使っている」と答え、それは「生きた人間」という意味か尋ねると、医師は「そうだ」と答えた。

 

○アニー(仮名)の証言、元夫の告白

アニーの夫は蘇家屯医院に外科医として勤めており、自身は事務職として同じ医院に勤めているアニーの証言。

アニーによると病院の裏庭に建物がいくつかあり、そこに5000〜6000人法輪功学習者が拘束されていたとのこと。

アニーは夫から2001年から法輪功学習者の角膜の摘出をしていたことを告白される。

キルガー(著者)「手術される人たちは、生きていましたか。それとも死んでいましたか?」 

アニー「通常、そういった法輪功学習者たちは、心臓麻痺が起こるような薬品を注射されていました。そして手術室に運ばれ、臓器を摘出されます。注射のせいで心臓は止まっていますが、脳はまだ機能しています。

キルガー「手術の後、角膜を取られた人たちはどうなったのでしょう?」

アニー「他の手術室に運ばれていきました。心臓、肝臓、腎臓などを摘出するためです。(中略)摘出され、皮膚が剥がされると、後はもう骨と肉ぐらいしか残りません。そうなった遺体は病院のボイラー室に放りこまれました。」

 

○著者デービッド・マタスへの脅迫

デービッド・マタスがコロンビア大学法輪功についての講演を行ったあと、大学の中国学生学者会が会のウェブサイトに「中国の名誉を傷つける者は誰であろうと、たとえ地の果てにいようとも、必ず処刑されるだろう」という警告文を掲載した。

○なぜ法輪功は目の敵にされるのか

中国共産党はなぜこれほど執拗に法輪功を目の敵にするのだろうか。西洋人から見た法輪功は「仏教、儒教道教を学びつつ気功を行う」人畜無害な団体と評価されている。であるにも関わらず中共法輪功をカルトとして認定し、中国国内にとどまらず、海外の法輪功学習者をも迫害している。

神を100%信じている筆者からするとその理由がよくわかる。唯物論無神論を党是としている中共からすると、宗教者の行動原理が理解できないのである。なぜなら宗教を信じている者は、この世の損得で行動をせず、時に自己犠牲の精神で行動するため、真逆の中共からすると怖さを感じるのではないだろうか。

なのでその勢力が中共と対抗するくらいに拡大する前に根絶やしにしておきたいのが迫害の理由なのだと思う。

日本人としては、一民族の人権侵害を非難するにとどまらず、法輪功などの宗教者が迫害される理由をも知っておかねばらないと筆者は考えるのである。

 

ウイグルにも及ぶ臓器収奪!

ウイグル人医師による証言 …   医師は新疆ウイグル自治区で外科医として働いていた。そこで1990年頃臓器収奪の噂を耳にする。村でティーンエイジャーがいなくなり、見つかった時には臓器が盗まれているという事件が起きているとのこと。医師はその後6ヶ月にわたり、大きなU字型の腎臓外科手術特有の痕跡を3人の少年の身体で確認したのだった。

ウイグル空港での「臓器輸送」標識

f:id:AitoSatori:20211113053444j:image

上の画像はウイグルの空港で撮られたもの。「特殊旅客 人体臓器運輸通路」と中国語とウイグル語で併記されている。このような記入の仕方はウイグルでしか見られないので、ウイグルの空港だと思われる。この空港では、臓器を運ぶ者が迅速に税関を通過できるように優先通路が設置されている。つまり標識をつける必要があるほど、運び出される移植用臓器の数が多いのだと推測できるのだ。

………………

 

今回のブログは、チベット法輪功についてのまとめのような記事になったが、ここ数年ウイグル人への人権弾圧が世間の注目を集める中、チベット法輪功のことも忘れてはいけないと思う。

 

次回は、新疆ウイグル自治区東トルキスタンの中国侵略について書いていく。

 

にほんブログ村 政治ブログへ
にほんブログ村

カテゴリ