崖っぷち日本のユートピア社会学by大山昇悟

崖っぷちに立っている日本をどうしたらユートピア(理想郷)にできるか日々考え答えを探していくブログです

映画「スピード」の元ネタ?隠れた秀作、映画「新幹線大爆破」

「効果的な休養研究所〜気分転換&ストレス解消編」

今回は、1975年公開の日本映画新幹線大爆破を紹介したいと思います。

 

この映画は、題名だけは微かに聞いたことがあるような、ないようなボンヤリした感じでしたが、たまたまYouTubeで何かの動画を観ていた時に、オススメ的な感じで予告編が紹介されていたのでチラ見してみたら割と面白そうだったのでDVDを借りてみました。

 

で、ちょっとストーリーを読んでみたら、時速80kmで爆弾が起動して、80kmを下がると爆発するって、これは超大傑作の「スピード」と同じ設定じゃないですか。(実際、ヤン・デ・ボン監督がアイディアをパクったかは不明。本人は「暴走機関車」に着想を得たと述べているようです)

 

「スピード」の元ネタかどうかはともかく、「新幹線の速度を80km以下に落とさずにどう爆弾を処理するかのだろうか?」と興味を掻き立てられました。

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ストーリー

【9時48分、約1500人の乗客を乗せた新幹線ひかり109号は、定刻どおり東京駅19番ホームを発車した。列車が相模原付近に差し掛かった頃、国鉄本社公安本部に、この109号に爆弾を仕掛けたという電話が入った。特殊装置を施した爆弾は、スピードが80km以下に減速すると自動的に爆発するという。止まることのできないひかり号は、東京から博多までの1176.5kmをノン・ストップで疾走する。緻密な計画のもと500万ドルを要求し着々と計画を実行する犯人・沖田と、捜査当局との息もつかせぬ駆け引き、そして運転司令室の頭脳捜査……。逃げ場のない極限状態の中、犯行グループ、警察、国鉄職員、乗客、それぞれの人間模様がドラマチックに展開し、全国民が注目する中、列車は驀進する!】(Amazonより)

 

150分の大作です。

まず最初に70年代の映画ならではの、イマイチな点を最初に3つ挙げておきます。

①乗客の演技が大袈裟で演技がかっている。

②警察と国鉄の方針が一致してない

③警察の犯人の追い詰め方が甘い

上記3つは現代の人から観るとややリアリティに欠ける面がありますが、70年代ゆえだと割り引いて観る方がいいでしょう。

 

高倉健が犯人役の沖田を演じていますが、ただのエンタメではなくしっかりと爆弾を仕掛けるに至った背景を描いています。「スピード」の犯人が確か大した動機もなかったのと比べると犯人の沖田には単純に無差別爆弾犯と一括りにはできない理由があったのです。

 

「スピード」と比べると、「スピード」の場合はバスなので道路さえ走れればなんとかなるという安心感がある反面、この映画は鉄道なので絶対に線路に終わりが来てしまいます。博多駅が終点なのでそれまでになんとかしないといけない感があり、時間との戦いになります。

 

ちなみに、新幹線の爆弾処理以前に、線路内には他の新幹線も走っている為に、運転士は車内電話で東京の運転司令室の倉持運転司令長の指示を聞きながら速度を調整します。運転司令長は宇津井健ですが、真剣な演技が緊迫感を高めます。

 

高倉健扮する犯人の沖田はお金さえ手に入れたら、爆弾の外し方を教えると約束します。乗客の命を優先するならば、すんなりお金を渡した方がよいし、犯人逮捕を優先して逃げられた場合は、爆弾の外し方を教えてもらえない恐れがあります。しかしその辺の優先順位が警察と国鉄で方針が一致してないのがいかにも70年代を思わせます。

 

この映画の良いところはそれぞれの登場人物の立場がしっかり描けているところです。主犯の立場、共犯2人の立場。運転士、車掌、乗客、新幹線司令室。特に3人の犯人の繋がりをしっかりと描いてくれたのは良かったと思います。

単なる金目当ての悪党集団という見方にはさせたくないという製作陣の意図と、高倉健への気配りが感じられました。2時間映画ならおそらくそこまで細かくは描けなかったでしょう。

 

あと地味な指摘ですが、映画の中で1人の刑事が「爆弾を爆発させずに爆弾の設置場所を特定する方法」として「素人考えですが〜」と言って、あるアイディアを出します。

 

それは「車両の半分より前に、全乗客を移動させて、そのあとにカラの車両半分を切り離してみる。それで切り離された車両が爆発すれば爆弾は後ろの車両に設置されていたことになります。しかし切り離してなお爆発しなければ前の方の車両に爆弾が設置されているということが判明するのでは?」

 

このような提案を刑事がするのですが、この視点はまさしく映画を観ているお客さんが閃くだろうアイディアだと思います。

 

ある理由によりこの方法は運転司令長に却下されるのですが、映画を観る人に向けての丁寧な解説を刑事に言わせる場面は映画制作陣による映画に対する真摯な姿勢の表れだと感心しました。

 

あとは70年代ゆえのハイテク装置が使えない状況下であることも、現在の視点から見ると打つ手が少なく感じられて緊迫感が増しました。

 

例えば爆弾が設置されている場所を特定しようとしてある方法を試みますが、いかにもアナログなところが逆に説得力と、緊迫感を産みますし、さらに爆弾を取り外すための準備等もアナログ感満載です。アナログでやらざるを得ないところが博多駅までのタイムリミットと相まって良い味を出しているのです。

 

そして時間は刻一刻と進み、新幹線は博多駅に容赦なく近づきます。そこで警察はテレビ局の協力を得て、テレビ画面から犯人に乗客の安全の為に爆弾の外し方を教えてほしいと訴えます。

 

一方、犯人は海外に高飛びしようとして準備を進めていたのです。果たしてテレビでの訴えは犯人の心に届くのか?

 

「もし爆弾を外せなかった場合は?」結果的には博多駅で大爆発してしまいます。その場合には新幹線の乗客だけでなくさらなる被害の拡大が予想されます。

 

そこで政府はある決断をします。宇津井健扮する倉持運転司令長もそれにより大きな決断を迫られます。

 

そして……全てが終わったあとの彼の決断は、鉄道マンとしての矜持を感じさせるものでした。

70年代の国鉄はストばかりして評判は良くなかったとのことですが…中にはこういう人もいたのかもしれません。

 

この映画は「スピード」のようにアクション一辺倒ではありません。有事に対処する鉄道マン、犯人逮捕の為に最後の最後でトラップを仕掛ける警察組織、犯人とその家族、仲間ともいえる共犯者達。それらの人間ドラマも良く描かれており、非常にバランスの取れた鉄道パニック映画だと思います。

 

隠れた秀作だといっていいでしょう。

 

気分転換点→90点、ストレス解消点→80点

 

 

 

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